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最高裁判所第三小法廷 平成5年(オ)650号 判決 1996年3月26日

上告人

朝日火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

野口守彌

右訴訟代理人弁護士

山本孝宏

狩野祐光

牛嶋勉

河本毅

和田一郎

被上告人

髙田二郎

右訴訟代理人弁護士

宗藤泰而

藤原精吾

前田憲徳

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山本孝宏、同狩野祐光、同牛嶋勉、同河本毅、同和田一郎の上告理由第一について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

同第二、第三について

一  所論は要するに、本件においては、新たな労働協約の締結又は就業規則の変更により、被上告人は、昭和五八年三月末日にさかのぼって定年によって退職し、同年四月一日以降特別社員として再雇用されていたことになったのであるから、上告人は被上告人に対し、同年四月以降は、特別社員給与規定に基づく給与を支払えば足り(同第二)、また、退職金は、本件労働協約又は変更後の退職手当規程に定められたところに従って支払えば足りる(同第三)、したがって、これと異なる原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、審理不尽、理由不備の違法があるというのである。

そこで検討するのに、所論の点に関して原審の確定した事実関係の概要は、以下のとおりである。

1  被上告人は、昭和二六年六月一日、鉄道保険部の職員として、興亜火災海上保険株式会社に雇用された。同部職員の労働条件については、鉄道保険部長にその決定権限がゆだねられており、同部長が定めて同部職員に周知させていた就業規則(内規)(以下「鉄道保険部就業規則」という。)及び同部長が同部職員によって組織された全日本損害保険労働組合鉄道保険支部との間で締結した労働協約(以下「鉄道保険部労働協約」という。)によれば、同部職員の定年は満六三歳とされていた。

2  昭和四〇年二月一日、上告人が興亜火災海上保険株式会社鉄道保険部で取り扱ってきた保険業務を引き継ぐことになったことに伴い、被上告人を含む鉄道保険部職員は、右会杜との間の労働契約を合意解約した上で、上告人との間で労働契約を締結し、上告人に雇用されるに至った。当時、上告人は、既に、独自の就業規則を定めており、上告人の従業員で組織された全日本損害保険労働組合朝日火災海上支部との間で労働協約を締結していたが、それらと前記1の就業規則及び労働協約との統一については、上告人と被上告人ら鉄道保険部出身の労働者との間で、いまだ合意が成立していなかったので、その合意が成立するまでは、なお鉄道保険部就業規則に法的規範性を認め、かつ、鉄道保険部労働協約に労働組合法所定の効力を認めることを双方が了解した上で、右労働契約は締結された。

3  上告人が被上告人を含む鉄道保険部職員を雇い入れた後、全日本損害保険労働組合鉄道保険支部と同組合朝日火災海上支部とは合体支部大会を開催して、両支部を統合した同組合朝日火災海上支部(以下「組合」という。)を結成した。他方、上告人と組合とは、前記の二つの労働協約のそれぞれの有効期間が満了する都度、三箇月ないし六箇月を延長期間として有効期間の暫定延長を重ねながら、鉄道保険部出身の労働者とそれ以外の労働者の労働条件の統一についての交渉を続け、昭和四七年までに就業時間、退職金、賃金制度等の労働条件を順次統一していった。しかし、定年年齢の統一については、合意に至らないまま時が経過し、鉄道保険部出身の労働者の定年が満六三歳とされていたのに対し、それ以外の労働者の定年は満五五歳とされたまま推移した。

4  昭和五二年、上告人の経営が悪化する事態となった。従業員に対する退職金の支払額の高額化は、この経営悪化の一因となっており、大蔵省の検査の際に、この状態が続けば上告人は退職金倒産に至るであろうとの指摘がされた。このような状況下で、上告人は、従来からの重要懸案事項であった従業員の定年年齢の統一を会社再建の重要な施策と位置付け、昭和五四年度の賃金交渉の中で、人事諸制度の改定、退職金制度の改定とともに、定年年齢の統一についての提案を行い、右提案について組合との間で交渉を続けた。その結果、上告人と組合とは、昭和五八年五月九日、定年年齢の統一、退職金支給率の変更について口頭で合意し、同年七月一一日、右合意内容を書面化した同年五月九日付けの本件労働協約に労使双方が署名押印をした。本件労働協約の締結に伴い、上告人は、同年七月一一日、就業規則の定年に関する部分(五五条)及び退職手当規程を右協約と同一内容のものに改定するとともに、特別社員規程及び特別社員給与規定を新設して、これらを従業員に周知させた。なお、労使間の合意により、昭和五四年度以降退職手当規程の改定について合意が成立するまでは、退職金算出の基準額を昭和五三年度の本俸額に凍結することが取り決められていたが、本件労働協約の締結に伴って、この取決めは解消されることになった。

5  本件労働協約による合意内容のうち、被上告人の労働条件にかかわる部分は、おおむね次のとおりである。

(一)  定年及び定年後の再雇用の条件

(1) 昭和五八年四月一日より満五七歳の誕生日をもって定年とする。(2) 定年後引き続き勤務を希望し、かつ、心身共に健康な者は、原則として満六〇歳まで特別社員として再雇用する。ただし、雇用契約は一年ごとに更親する。(3) 特別社員の給与は、特別社員給与規定による。(4) 退職金は、満五七歳の定年時に支給し、それ以降は支給しない。

(二)  定年の改定及び統一に関する経過措置

昭和五八年四月一日現在、次の年齢に該当する者には、次の経過措置を執る。(1) 満五七歳以上の者は、満六二歳まで特別社員として再雇用し、同年三月末日の基本給に基づき、新方式により、同日付けで退職金を支給する。それ以降は支給しない。(2) 満五七歳以上満六〇歳未満の者の給与については、昭和五八年度より特別社員給与規定を適用する。その後、六〇歳以降の給与は、特別社員給与、付加給及び固定付加給を六〇歳時の七〇パーセントとし、その他の諸手当を特別社員給与規定による額とする。

(三)  退職金制度の改定

(1) 退職手当規程の基準支給率を現行の「三〇年勤続・七一箇月」から「三〇年勤続・五一箇月」に改定する。(2) 昭和五八年度以降の退職金算出の基準額については、昭和五八年四月一日以降従業員各人に定められた基本給(本人給及び職能給)として支給される金額全額とする。

(四)  退職金制度改定に関する経過措置

三〇年以上勤続した場合の基準支給率を暫定期間三年間は次のとおりとする。(1) 昭和五八年度は六〇箇月、(2) 昭和五九年度は五七箇月、(3) 昭和六〇年度は五四箇月

(五)  代償金

(1) 上告人は、定年の改定及び統一化並びに退職手当規程改定にかかわる解決のための代償金として、支払対象者全員に一人平均一二万円(一人一律七万円と一人平均五万円)を支払う。ただし、支払対象者は、昭和五八年四月一日在籍者のうち、昭和五八年度新入社員七名及び本制度適用対象外の従業員を除く七六二名とする。(2) 鉄道保険部出身の従業員のうち、昭和五八年四月一日現在五〇歳以上の者二二名に対しては、一人一律三〇万円を、同日現在五〇歳未満の者四九名に対しては、一人一律一〇万円を、右(1)に加算して支払う。

(六)  附則

(1) この協定は、昭和五八年四月一日より効力を生ずる。(2) 従前の協定のうち、この協定に抵触する部分はその効力を失う。

6  特別社員給与規程によれば、特別社員に対する給与については、おおむね次のとおり定められている。

(一)  特別社員のうち「専門職・一般職」の月例給与は、次の特別社員給与と諸手当との合計額とする。(1) 特別社員給与は、定年時の本人給及び職能給の合計額の六〇パーセントとする。(2) 諸手当のうち、家族手当、技能手当、北海道在勤手当、住宅手当、別居手当、出先手当及び暖房手当は、社員規定額の一〇〇パーセントとし、付加給及び固定付加給は、社員規程額の六〇パーセントとする。

(二)  特別社員に対する給与は、特別社員になった翌月から毎月二〇日に支給する。

(三)  特別社員に対しては、社員に対するベースアップの範囲内でベースアップを行う以外は、昇給を行わない。

7  被上告人は、昭和五八年四月一日現在、上告人の北九州支店の営業担当調査役の地位にあった者で、既に満五七歳に達していた。被上告人は、組合員である同支店の支店長の業務命令に従って、他の従業員と同様に保険募集業務を行っていたが、上告人と組合との間で締結された労働協約では、調査役は非組合員とする旨が定められていて、被上告人は組合員の範囲から除外されていた。そして、同支店では、当時、常時使用されている従業員の四分の三を組合員が占めていた。

8  上告人は、本件労働協約が締結され、又は就業規則(退職手当規程、特別社員規定及び特別社員給与規程を含む。)の変更等がされれば、これによって、被上告人の労働条件は、昭和五八年四月一日にさかのぼって変更されることになるとの考えの下で、これを見越して、同年五月分からは、特別社員給与規程に基づく給与しか支払わず、社員給与規程に基づいて既に支払われていた同年四月分の給与については、同年六月の賞与の支払に際して、右支払額と特別社員給与規程に基づく給与との差額を過払分として控除し、また、被上告人が同年三月末日に定年により退職したものとして、同日における被上告人の基本給三〇万八四〇〇円に六〇を乗じた一八五〇万四〇〇〇円を退職金として支払った。なお、被上告人の昭和五三年度の本俸給は二八万二八〇〇円であり、これに変更前の退職手当規定に定められた基準支給率七一を乗じた額は二〇〇七万八八〇〇円となり、これと上告人が被上告人に支払った右退職金との差額は一五七万四八〇〇円になる。

二  そこで、まず所論第二について検討するのに、右事実関係によれば、本件労働協約及び就業規則の変更の効力が生じたのは昭和五八年七月一一日であることが明らかであるから、同年四月一日から七月一一日までの間は、被上告人は、従前どおりの社員の地位にある者として労働に従事し、その対償として従来の基準に従って算出された賃金請求権を既に取得していたものである。そうであれば、具体的に発生した賃金請求権を事後に締結された労働協約や事後に変更された就業規則の遡及適用により処分又は変更することは許されないから(最高裁昭和六〇年(オ)第七二八号平成元年九月七日第一小法廷判決・裁判集民事一五七号四三三頁参照)、上告人は、被上告人に対し、昭和五八年七月一一日までは、社員としての賃金の支払義務を負うものといわなければならない。

したがって、これと同旨の原審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。

三  次に、前記事実関係に基づいて所論第三について検討する。

1 労働協約には、労働組合法一七条により、一の工場事業場の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用されている他の同種労働者に対しても右労働協約の規範的効力が及ぶ旨の一般的拘束力が認められている。ところで、同条の適用に当たっては、右労働協約上の基準が一部の点において未組織の同種労働者の労働条件よりも不利益とみられる場合であっても、そのことだけで右の不利益部分についてはその効力を未組織の同種労働者に対して及ぼし得ないものと解するのは相当でない。けだし、同条は、その文言上、同条に基づき労働協約の規範的効力が同種労働者にも及ぶ範囲について何らの限定もしていない上、労働協約の締結に当たっては、その時々の社会的経済的条件を考慮して、総合的に労働条件を定めていくのが通常であるから、その一部をとらえて有利、不利をいうことは適当でないからである。また、右規定の趣旨は、主として一の事業場の四分の三以上の同種労働者に適用される労働協約上の労働条件によって当該事業場の労働条件を統一し、労働組合の団結権の維持強化と当該事業場における公正妥当な労働条件の実現を図ることにあると解されるから、その趣旨からしても、未組織の同種労働者の労働条件が一部有利なものであることの故に、労働協約の規範的効力がこれに及ばないとするのは相当でない。

しかしながら他面、未組織労働者は、労働組合の意思決定に関与する立場になく、また逆に、労働組合は、未組織労働者の労働条件を改善し、その他の利益を擁護するために活動する立場にないことからすると、労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容・労働協約が締結されるに至った経緯、当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし、当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記事実関係によれば、まず、本件労働協約は、被上告人が勤務していた上告人の北九州支店において、労働組合法一七条の要件を満たすものとして、その基準は、原則としては、被上告人に適用されてしかるべきものと解される。そして、本件労働協約が締結されるに至った経緯をみても、上告人においては、かねてから、鉄道保険部出身の労働者の労働条件とそれ以外の労働者の労働条件の統一を図ることが労使間の長年の懸案事項であって、また、退職金制度については、変更前の退職手当規程に従った退職金の支払を続けていくことは、上告人の経営を著しく悪化させることになり、これを回避するためには、退職金支給率が変更されるまでは退職金算出の基準額を昭和五三年度の本俸額に据え置くという変則的な措置を執らざるを得なかったなどの事情があったというのであるから、組合が、組合員全員の雇用の安定を図り、全体として均衡のとれた労働条件を獲得するために、一部の労働者にとっては不利益な部分がある労働条件を受け入れる結果となる本件労働協約を締結したことにはそれなりの合理的な理由があったものということができる。そうであれば、本件労働協約上の基準の一部の有利、不利をとらえて、被上告人への不利益部分の適用を全面的に否定することは相当でない。

しかしながら他面、本件労働協約の内容に照らすと、その効力が生じた昭和五八年七月一一日に既に満五七歳に達していた被上告人のような労働者にその効力を及ぼしたならば、被上告人は、本件労働協約が効力を生じたその日に、既に定年に達していたものとして上告人を退職したことになるだけでなく、それと同時に、その退職により取得した退職金請求権の額までもが変更前の退職手当規程によって算出される金額よりも減額される結果になるというのであって、本件労働協約によって専ら大きな不利益だけを受ける立場にあることがうかがわれるのである。また、退職手当規程等によってあらかじめ退職金の支給条件が明確に定められている場合には、労働者は、その退職によってあらかじめ定められた支給条件に従って算出される金額の退職金請求権を取得することになること、退職金がそれまでの労働の対償である賃金の後払的な性格をも有することを考慮すると、少なくとも、本件労働協約を被上告人に適用してその退職金の額を昭和五三年度の本俸額に変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を乗じた金額である二〇〇七万八八〇〇円を下回る額にまで減額することは、被上告人が具体的に取得した退職金請求権を、その意思に反して、組合が処分ないし変更するのとほとんど等しい結果になるといわざるを得ない。加えて、被上告人は、上告人と組合との間で締結された労働協約によって非組合員とするものとされていて、組合員の範囲から除外されていたというのである。以上のことからすると、本件労働協約が締結されるに至った前記の経緯を考慮しても、右のような立場にある被上告人の退職金の額を前記金額を下回る額にまで減額するという不利益を被上告人に甘受させることは、著しく不合理であって、その限りにおいて、本件労働協約の効力は被上告人に及ぶものではないと解するのが相当である。

なお、本件労働協約においては、定年年齢の統一及び退職金算定方法の変更による労働者の不利益を補てんするために、代償金の支払が合意されているが、本件労働協約又は就業規則の変更による定年年齢の引下げ(被上告人も当審においてこれを争うものではない。)により、被上告人の退職時期は約六年も早まり、定年後の再雇用の余地が残されているとはいうものの、その場合の給与は、前記のとおり従前の給与よりも大きく減額されるなどの事実関係に照らすと、本件労働協約において合意された程度の代償金では、定年年齢の引下げにより被上告人が受ける経済的不利益だけをみても、これを補うに足りず、その支払によって、被上告人に退職金の額を前記金額を下回る額にまで引き下げることによる不利益までも甘受させることはできない。また、退職金の算定方法については、既に昭和四七年以前に鉄道保険部出身の労働者とそれ以外の労働者との間の統一が図られていたのであって、本件労働協約による退職金の算定方法の変更は、労働条件の統一とは別の経営上の必要から合意されたものであるから、労働条件の統一を図る過程で鉄道保険部出身の労働者の労働条件が有利に変更されてきたという所論主張の経緯をもってしても、右判断が左右されるものではない。

2  一方、労働者の労働条件を不利益に変更する就業規則が定められた場合においては、その変更の必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被る不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するときに限り、就業規則の変更の効力を認めることができるものと解するのが相当であることは、当審の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁、最高裁昭和六〇年(オ)第一〇四号同六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁参照)。

これを本件についてみると、前記事実関係の下においては、変更前の退職手当規程に定められた退職金を支払い続けることによる経営の悪化を回避し、退職金の支払に関する前記のような変則的な措置を解消するために、上告人が変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を引き下げたこと自体には高度の必要性を肯定することができるが、退職手当規程の変更と同時にされた就業規則の変更による定年年齢の引下げの結果、その効力が生じた昭和五八年七月一一日に、既に定年に達していたものとして上告人を退職することになる被上告人の退職金の額を前記の二〇〇七万八八〇〇円を下回る額にまで減額する点では、その内容において法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものとは認め難い。そのことは、右1に説示したところに照らして明らかである。したがって、被上告人に対して支払われるべき退職金の額を右金額を下回る額にまで減額する限度では、変更後の退職手当規程の効力を認めることができない。

以上に説示したところによれば、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

上告代理人山本孝宏、同狩野祐光、同牛嶋勉、同河本毅、同和田一郎の上告理由

はじめに

原判決は、上告人朝日火災海上保険株式会社(以下、上告人会社という)に対し、被上告人高田二郎(以下、被上告人という)については、上告人会社と全日本損害保険労働組合朝日支部(以下、組合という)間の昭和五八年七月一一日付労働協約(以下、本件協約という)及び同日付上告人会社就業規則(以下、本件規則という)による定年改定(以下、本件定年改定という)の内容が不利益変更である旨、右のうち、五七歳定年制を昭和五八年四月一日に遡って施行する旨の規定の効力は被上告人には及ばない旨、また、本件協約及び本件規則による退職金改定(以下、本件退職金改定という)によって算定した被上告人の退職金金額が切り下げられた旨、本件協約及び本件規則のうち、昭和四六年一〇月一日改定の旧退職金規定に基づく退職金額を下回る金額に切り下げる部分に関しては、被上告人に適用することを不当とすべき特段の事情があり、当該条項の法規範性を是認することができるだけの合理性を欠く旨、判示した。

しかし、以下に述べるように、本件定年改定及び本件退職金改定(以下、本件定年改定と本件退職金改定を合わせて本件定年・退職金改定という)は、被上告人に何ら不利益をもたらすものでなく、固より被上告人の従前の労働条件を切り下げるものではなく、又は、いずれも改定内容において合理性を有し、したがって、これを被上告人に適用することは、右定年改定の遡及部分及び退職金改定の金額部分を含めて何ら不都合はないものであって、これに反する原判決判示は、審理不尽および採証法則を誤った結果、重大な経験則違背を伴い、労働組合法の解釈を誤り、さらに判例違反を伴う違法なものであり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れないものである。

第一 六三歳定年に関する権利について

原判決は、被上告人が興亜火災海上保険株式会社鉄道保険部(以下、興亜火災海上保険株式会社を興亜火災といい、興亜火災海上保険株式会社鉄道保険部を鉄道保険部という)勤務時代に既に六三歳定年に関する法的権利を有し、昭和四〇年二月の上告人会社採用に際しても、上告人会社において労働契約上、右権利を承継し、なお本件定年改定により右権利が不利益に変更されたとの前提に立つが、被上告人の定年に関する権利は、鉄道保険部時代において法的に無効なものであり、また、上告人会社採用に際しても、右無効な権利の承継ということはありえず、被上告人の定年に関する権利は、本件定年改定によって五七歳定年制、但し六〇歳までの原則的再雇用(経過措置により六二歳までの再雇用)という具体的内容を有したものとして、創設的に生じたものであるから、この点に反する原判決判示は、重要な事実の取調を懈怠した審理不尽による重大な経験則違背があり、理由齟齬、理由不備をも伴う違法なものである。

一 委任関係の不存在

(一) 原判決が訂正の上引用している第一審判決(以下、単に「第一審判決」という)は「興亜火災は、同日、会社組織の一部として『鉄道運送保険部』を設置し、同保険の担当者として国鉄退職者を受け入れて、発足させた」(第一審判決第四二丁裏乃至第四三丁表)、あるいは、被上告人が「昭和二六年六月一日鉄道保険部職員として興亜火災に雇用され、同社との間に労働契約を締結した」(同第四三丁裏)と判示し、あたかも被上告人が興亜火災との間に雇用契約を有しているが如き認定をしている。

他方、原判決は、鉄道保険部長について「鉄道保険部職員の採用は部長の承認によって行われ、定年延長は部長がその要否を考査するとされ、また鉄道保険部職員との協約には使用者側として部長が調印するなど、人事その他について広範な権限を委任されていた」(同第四三丁裏)、「同部の組織及び業務の運営管理等とともに、職員の労働条件の決定も鉄道保険部長に委ねられ、興亜火災以外の損保元受各社もこれを認めていた」(同第四四丁表)、鉄道保険部次長が「興亜火災に就業規則の改訂を要請し」(同裏)、「興亜火災の委任を受けた鉄道保険部長が旧鉄道保険支部と協議して、就業規則(内規)の制定・改廃を行い、あるいは労働協約の締結をしたことが認められる」(同第四六丁表)、「使用者である興亜火災と旧鉄道保険支部との間の就業規則及び労働協約として有効に存在したものというべきである」(同裏)、「鉄道保険部長は、興亜火災から同部の組織、業務の運営管理等とともに、職員の労働条件の決定等も委任されていた」(同第四八丁表)、「鉄道保険部職員全員が興亜火災との労働契約を解約し、ある損害保険会社との間に労働契約を締結し」「鉄道保険部職員全員が一審被告会社との間に労働契約を締結するに当たっての取極めについては、興亜火災は鉄道保険部長に一任した」(同第五〇丁裏)、「原告が適用を受けていた六三歳定年制」について、「興亜火災と協議し」興亜火災が「六三歳定年制を採ることを容認した」(同第九八丁裏)等判示し、鉄道保険部職員の雇用や労働条件の決定についてあたかも鉄道保険部長と興亜火災との間に委任関係があり、鉄道保険部長が鉄道保険部の六三歳定年制を定め、これが右委任関係によって、興亜火災との間でも有効に存在したかの如き判示をしている。

(二) しかし、本件第一審・二審を通じて興亜火災と鉄道保険部長との委任関係の存在を示す証拠は存在しないし、したがって、興亜火災が六三歳定年制を認めていたとの証拠も存在しないし、仰々上告人会社は固より被上告人ですら右の如き主張をしたことはない。

(三) すなわち、右に関する上告人会社の主張は、例えば乙第一二四号証「興亜火災三十年史」、乙第五一号証の二「鉄道保険部の概要」、乙第八二号証「鉄道保険部の問題」等、あるいは乙第一一〇号証の一「村上弘証人調書」第七丁裏等に照らして、鉄道保険部時代の被上告人の雇主・使用者が興亜火災であるか、損保元受一〇数社であるかが判然としなかった、よって、被上告人の雇主又は使用者の存在すらも疑問であった、というにとどまり、興亜火災が雇主又は使用者であった旨、あるいは興亜火災が鉄道保険部職員の雇用や労働条件を決定する旨主張に及んだことはない。

(四) また、被上告人の主張は、一貫して鉄道保険部が雇主又は使用者であり、鉄道保険部が職員の雇用や労働条件を決定していたのであって、それ故に興亜火災が雇主又は使用者とは言えなかった、という主張を伴い、これまた原判決の認定とはおよそ相容れぬものであった。

(五) 右点は、あたかも鉄道保険部が独自の会社であるが如き組織を有し、活動していたが如き被上告人の主張で明らかであるし、被上告人を含む鉄保グループの「損保会社の共同使用人を幹事会社である興亜社が管理する形態となって居り、いずれの会社とも雇用関係がなく」(乙第一四八号証「合体一〇年の総括」四頁)と認識されていたこと、さらに、被上告人側証人である石堂正彦の、興亜火災が鉄道保険部の定年制の実施に同意したことがない旨(第二審第六回同証人質問番号一九八・一九九)の、あるいは興亜火災と直接鉄道保険部従業員が話合いをしたことはなかった旨(第二審第六回同証人質問番号一九八)の、また「労働基準法上の使用者は鉄道保険部だと思っておりました」「(労働組合法の使用者も)同じように鉄道保険部だと思っております」旨(乙第一七五号証「石堂正彦本人調書」九頁)の各証言に照らしても明らかである。

(六) また、第一審判決は「鉄道保険部長は……興亜火災と実質的に同一視される関係」にあった旨判示するが(第四八丁表)、他方、興亜火災の方では「鉄道保険部というのは名前の上では興亜火災の一組織ということだけども、実際は興亜火災とは別組織なんだと。たまたま損保会社の幹事会社をしているだけであって、鉄道保険部のことについては詳しくは知ら」ず(乙第一二〇号証の一、第五丁表)、鉄道保険部従業員に興亜火災の従業員規則等は適用されず(同第九丁表)、鉄道保険部の就業規則(内規)を制定する際に興亜火災の方で同意を与えたことはなく(同第一〇丁表)、鉄道保険部職員に対する人事権なども興亜火災にはなく、鉄道保険部の従業員の定年年齢の相違を理由の一つとして、「合体」の申入れを辞退していた(乙第五四号証「興亜火災三十年史」三〇二頁)のであって、鉄道保険部従業員の「雇主」又は「使用者」としての実体も認識も欠如していた。

(七) よって、原判決の右認定は、確たる証拠なしになされた理由不備が存するだけでなく、凡そ係争当事者の主張・立証の事実もないことがらに言及した点において、過ぎたる職権探知により、弁論主義という民事訴訟法の大原則にも違反した訴訟手続の法令違反が存し、延いて理由齟齬、重大な経験則違背を招いたものであり、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二 「現行通り」の解釈について

(一) 第一審判決は「被告会社は、本件合体に伴い、鉄道保険部の就業規則(内規)及び旧鉄道保険部労働協約等を承継するとともに、原告ら職員を雇用することにより、原告らの鉄道保険部における労働契約を承継したのであって、被告会社と原告との労働契約は、鉄道保険部の六三歳定年制を含む労働契約と同一の内容であったと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない」(原判決が九丁表五行目で引用する第一審判決第五五丁表・裏)と判示するが、右認定に反する証拠が明らかに存在し、且つ右認定に反する事実及び経緯が存するにも拘らず、これを一顧だにしておらず、したがって、右認定は審理不尽による重大な事実誤認、経験則違背を伴い、さらに労働協約に関する効力を定める労働組合法第一六条にも反する違法なものである。

(二) 第一審判決は、右認定を導く前提として、(一)上告人会社と組合(同判決は「旧朝日火災支部」と言うが、法的に曖昧且つ無意味であり、上告人会社との関係で、従来組合に「新・旧」の区分けがあった事実はない。よって、以下組合とする)間の口頭約束及び昭和三九年一一月付「労働協約」、(二)鉄道保険部長と全日本損害保険労働組合鉄道保険支部(以下、鉄保支部という。なお、同判決は「旧鉄道保険支部」と言うが、この点の「新・旧」比較も「鉄道保険部長」の認定とともに法的に曖昧且つ無意味である。よって以下、協定当事者を鉄道保険部と鉄保支部とする。なお、第一審判決は「本件合体後(中略)、旧鉄道保険支部は消滅することなく、被告会社の企業内労働組合として存在し」た旨、あるいは「被告会社は、社内に(中略)二組合、二労働協約を有することとなった」旨(第五四丁表・裏)判示するが、「合体」後、鉄道保険部も鉄道保険部長も鉄道保険部職員も存在せず、また、上告人会社が鉄道保険支部より組合結成通知を受けたことも、協議申入れを受けたことも、協議の事実もなく、この点も理由不備・理由齟齬による違法な認定である)間の昭和四〇年一月二七日付「労働協約」、(三)上告人会社と組合間の昭和三九年乃至昭和五八年の「協約」の暫定延長行為、(四)上告人会社と「興亜火災鉄道保険部と呼称する同社以下損保元受一九社の共同保険取扱機関(覚書の署名者は鉄道保険部長)」(この点の認定が如何なる事実関係を指し、如何なる法的意味を有するものかさらに曖昧なものである。すなわち、興亜火災又は損保元受社が署名上明らかに当事者でなく、また、鉄道保険部という「機関」名による行為であるのか、「鉄道保険部長」という個人名による行為であるのかも不明である。仮に前者であるとすれば、興亜火災又は損保元受社と切り離された「機関」自体には法律行為を行う適格は存せず、後者であるとすれば、代表又は代理行為に必要な「本人」である「鉄道保険部職員全員」の顕名要件が欠落しており、いずれにせよ被上告人に効果が帰属する筈もない)間の「合体に関する覚書」の各合意内容なるものを縷々敷衍するが、然るに右いずれにも、上告人会社が被上告人に対して上告人会社入社後において六三歳定年制を保障する旨文言上明らかに約定された事実はない。

(三) のみならず、右鉄道保険部と鉄保支部間の昭和四〇年一月二七日付「労働協約」第四項には「定年制は現行通りとする」とされ、従前の鉄道保険部長と鉄保支部間の「労働協約」第二三条「従業員の停年は満六三才とし、当該従業員が満六三才に達した翌年度の六月末日までとする。但し、会社が必要と認めたときは二年延長することができる」との定めが明示的に改定・変更され、しかも、右改定内容は、右改定前である昭和三九年一一月二七日になされた鉄道保険部長の発言である「当面定年は変えるつもりはないが将来は情勢の変化があるので言えない。又女子職員も六五歳迄と言われても自信はない」(乙第四九号証の二「合体支部大会議案」B―一〇頁)及び右改定後の昭和四一年二月七日の上告人会社の発言「停年制現行通りの意味は六五歳と六三歳の意味ではなく、旧朝日の五五歳と旧鉄保の六三歳の対比において問題になったのであって、女子を引合いに出した話は六三歳と六五歳についていっているのではなく五五歳の比較としての議論である」並びに右同日の組合の発言「合体前の記録によると定年は現行通りとするけれども女子については六五歳にする事は出来ないと言っているのは六五歳を前提として話しているのである。交渉でも少なくて(と)も現在いる国鉄永退者は六五歳迄いくが、女子とか二〇歳代の人はそうもいかないと話しているのである」(乙第一一八号証「第二一三回労使協議会議事録」七頁)等に照らして、右「労働協約」第四項所定の「停年制は現行通りとする」とは六五歳定年は固より六三歳定年についても、「将来の情勢の変化」があった場合、すなわち「合体」がなされるまでの「当面」の間存続させようとするものであったこと、上告人会社の五五歳定年と比較しての議論であったこと、したがって「合体」後は当時の上告人会社の定年制が五五歳であることから、六三歳ないし六五歳定年制が存在しえぬものであること、仮に「合体」後、鉄道保険部の定年制が存在しうる場合があるとしても、現在いる国鉄永退社員には格別、それ以外の女子職員とか二〇歳代の職員は例外とされたこと、との意思表明あるいは知見、認識に照らして、国鉄永退社員に非ざる被上告人が、上告人会社入社後において、六三歳定年を保障されるものでなかったこと、は明らかである。

なお、右点については、ひとり上告人会社(乙第九六号証「新労働協約会社案について」一丁表)のみならず組合も(乙第一五〇号証の一「討議資料」一頁)、被上告人を含む鉄保グループも(乙第一四八号証「合体一〇年の総括」七頁)、建前にとどまり、曖昧であり、当事者の確認がなかったとして認めていた。

(四) 因みに、第一審判決は鉄道保険部時代の定年制について「その沿革に照らすと、旧鉄保プロパー社員への適用を念頭において発足した定年制ではないことがうかがわれる」(第九八丁裏)とするが、鉄道保険部と鉄保支部は、昭和四〇年一月二七日付で「合体に関する覚書」の「(同)附属覚書」の作成をし、その「4」において「国鉄退職者の受け入れは現行通りとする」と約定したが、被上告人を含む鉄保プロパー社員については何らの取極めがなされず、また、上告人会社と組合は、昭和四一年三月三一日付で「昭和四一年度新入社員の取扱い」について「国鉄永退者については旧鉄保労働協約、その他の者には旧朝日労働協約を適用することを原則とする」「定年制(中略)については、統一労働協約の協議中先議とする」と協定したが、被上告人を含む鉄保プロパー社員について六三歳定年を保障する旨の約定は存せず、その外に鉄道保険部と鉄保支部間においては固より、無論興亜火災外損保元受社と鉄道保険部長との間でも、鉄道保険部長と鉄道保険部職員との間でもさらに上告人会社と組合間の労働協約上も、上告人会社の就業規則上も、さらに上告人会社と被上告人間の個別契約上も、右「現行どおり」についての意思表明あるいは知見・認識と異なる約定も、被上告人を含む鉄保プロパー社員に六三歳定年を保障する旨の約定も一切存在せず、この点も被上告人について上告人会社入社後六三歳定年が保障されなかったこと、を示すものである。

(五) なお、第一審判決は「被告会社は、本件合体に伴い、鉄道保険部の就業規則(内規)及び旧鉄道保険部労働協約等を承継するとともに、原告ら職員を雇用することにより、原告らの鉄道保険部における労働契約を承継した」(第五五丁表・裏)とか「被告会社が鉄道保険部の就業規則を承継するとともに、鉄道保険部と旧鉄道保険支部との労働協約等が、合体後被告会社と旧鉄道保険支部あるいは訴外組合との間で効力を有するとされたこと、も前記認定のとおりである」(同第五六丁表)等述べ、上告人会社において六三歳定年制が被上告人の労働契約の内容であった旨判示し、他方で、鉄道保険部の就業規則、労働協約がともに法的に有効であった旨断じているが(同第四六丁表・裏)、右は、後に「三」において述べるように「承継」の法的意味において極めて曖昧であるだけでなく、鉄道保険部「就業規則(内規)」の六三歳定年制に関する条項が、鉄道保険部と鉄保支部間の昭和四〇年一月二七日付「労働協約」第四項によって明示的に改定・変更された事実を看過した儘で、就業規則と労働協約の法的効力を同列に論じるものに外ならず、「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする」との労働組合法第一六条に反する違法なものであって、この点で法令違反が存在する。

(六) 因みに、第一審判決は「被告会社と鉄道保険部は、合体に際し双方の就業規則、労働協約、その他を統一すべきであったが、鉄道保険部に法人格がなく、性格に曖昧な部分があって行政上放置されず、本件合体が急がれたのと、右双方の格差の統一が容易でなく、長時日を要することが見込まれたことから、合体後にその統一をめざすこととなった」と判示するが(第五一丁裏)、右事情は、「合体」の緊急性・必要性にとどまらず、「合体」前において被上告人を含む鉄道保険部職員の定年制を六三歳定年制から右昭和四〇年一月二七日付「労働協約」第四項のように改定・変更するについて極めて強度の必要性と合理性が存在していたものと言うべきである。

三 労働契約の承継について

(一) 第一審判決は、「被告会社は、昭和四〇年二月一日鉄道保険部と合体し、右合体に関する覚書及び合体に関する協定書等に基づき、前記鉄道保険部の就業規則、給与規定、退職金規定を承継するとともに、合体当時の鉄道保険部職員四二八名(中略)全員を雇用し、原告の鉄道保険部における労働契約を承継した」と判示し(第五三丁裏乃至第五四丁表)、また、「旧鉄道保険部労働協約等の労働協約等も、右合体に関する覚書及び合体に関する協定書等に基づき、被告会社との間で効力が維持されることになり」(同第五四丁表)と判示している。なお、ここに「合体」とは、「鉄道保険部職員全員が興亜火災との労働契約を解約し、ある損害保険会社との間に労働契約を締結し、かつ、損保元受各社の所有である物的機構をその損害保険会社に譲渡すること」であるとする(原判決一一丁裏)。

(二) 右認定のうち、「労働契約」の承継の点に関しては、以下に述べる通り、判決に影響を及ぼすこと明らかな審理不尽、理由不備の違法がある。

(三) 第一審判決は、労働契約の承継の根拠として、前述の通り「右合体に関する覚書及び合体に関する協定書等」を掲げている。

ところで、同判決が右認定に先立って認定している覚書等は以下のとおりである。

1 上告人会社と組合との間の昭和三九年一一月一三日付労働協約

これは、鉄道保険部労働協約と組合労働協約の統一化、及び賃金、労働時間、定年制、嘱託制度、退職金等労働条件の一本化を行う場合、労使協議して決定することを内容とする。

2 鉄道保険部長と鉄保支部との間の昭和四〇年一月二七日付労働協約

これは、合体後も、鉄道保険部労働協約等を遵守するとともに、定年制及び退職金制度を現行通りとすることを、内容とする。

3 上告人会社と興亜火災鉄道保険部と呼称する同社以下損保元受一九社の共同保険取扱機関(覚書の署名者は鉄道保険部長)との間の昭和四〇年一月二八日付の合体に関する覚書

これは、鉄道保険部の職員を上告人会社の従業員として引き続き雇用すること、合体後の鉄道保険部職員の身分・給与等を別途協議のうえ決定すること、鉄道保険部の就業規則等を上告人会社の現存のものと較量して新体制に適するものに順次合意改訂をみるまでは、合体後も当分の間上告人会社において承継すること、鉄道保険部と鉄保支部との間の労働協約等が、合体後に新たな契約が締結されるまでは、上告人会社と鉄道保険部の従業員との間で効力を有すること等を、内容とする。

4 上告人会社と損保元受各社との間の昭和四〇年一月三一日付協約

これは、上告人会社と鉄道保険部の合体に伴う保険の取扱等を、内容とする。

右から明らかなように、原判決のいわゆる労働契約の承継後の労使の当事者である、上告人会社と鉄保支部あるいは鉄道保険部職員との間の覚書、協定書等は存せず、固よりその合意の存在も、全く認定されていない。すなわち、右「2」の合意は、鉄道保険部長が、鉄保支部に対して、合体後も鉄保支部との労働協約を遵守すること(合体後には鉄道保険部長がもはや鉄保支部に対して使用者ではないことに鑑みれば、凡そ事実上も法律上も履行不能な内容のものであるというべきである)等を約束したに留まり、また、右「3」の合意は、上告人会社が、右「機関」又は署名者である鉄道保険部長に対して、合体後も当分の間、合体前の鉄道保険部の就業規則等を上告人会社が承継し、また、鉄道保険部労働協約等の効力を合体後新たな契約が締結されるまでの鉄道保険部職員に及ぼすことを約束したにとどまる。他方、上告人会社と鉄保支部あるいは鉄道保険部職員との間で、合体前の就業規則等を上告人会社が承継し、または、鉄道保険部労働協約等の効力を合体後に鉄道保険部職員に及ぼすことについては、何等合意の存在は認定されていないのである。

ところが、原判決は、上告人会社が、鉄道保険部の就業規則等を、さらには、原告の鉄道保険部における労働契約を、合体によってそれぞれ承継した旨、また、鉄道保険部労働協約の効力が合体によって上告人会社に雇用された鉄道保険部の職員に及ぶ旨を漫然と判示しており、この点において、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな審理不尽、理由不備の違法があるといわざるを得ない。

(四) さらに、右の点に関連して、原判決には次のような審理不尽、理由不備の違法がある。

第一に、原判決(その引用する第一審判決)は、「就業規則の承継」という言葉を用いているが、それが法律上どのような意味を有するかについて、何等説明をしていない。そもそも、就業規則は、使用者が単独で制定することのできるものである。したがって、「甲社の就業規則を乙社が承継する」と言ってみても、その法律上の意味は極めて不明確である。そして、原判決は「就業規則の承継」の法律的な意味を具体的にしていないので、どのような場合に「就業規則の承継」が生じるのか、すなわち、「就業規則の承継」の要件の検討も不十分で、その結果、漫然と右「(一)」のような判示をしていると言わざるをえない。

第二に、原判決は、鉄道保険部労働協約の効力が合体によって上告人会社に雇用された鉄道保険部職員に及ぶ旨判示しているが、使用者が交替した場合にどのような要件が満たされれば前使用者と前使用者に対する組合との間の労働協約の効力が新使用者と前使用者に対する組合との間でも効力を有するかについて、何等検討をしていない。労働組合法第一四条は、労働協約は、書面に作成し、労使両当事者が署名または記名押印することによってその効力を生ずると定めている。しかるに、本件では、上告人会社と鉄保支部との間には、合体前後を問わず、書面による合意は全く存在しないのである。ところが、原判決は、合体前の鉄道保険部労働協約が、合体後に、上告人会社と鉄保支部(の組合員)との間に効力を有するとしているが、これは、明らかに労働組合法第一四条の例外を認める場合であるから、原判決はそのような例外が認められるための要件を十分検討するべきなのに、これをしていない。その結果、漫然と右「(一)」のような判断をしているのである。

第二 五七歳定年制の遡及適用について

(一) 原判決は、本件労働協約中の、五七歳定年制を昭和五八年四月一日に遡って施行する旨の規定の効力は、被上告人には及ばないと解するのが相当である旨判示し、その理由として、「一審原告は、昭和五八年四月一日以降七月一一日までの間、一審被告会社北九州支店に社員として勤務し、業務に従事していたことが認められ、右の事実並びに本件労働協約は、一審原告の同意がなく、労働協約の一般的拘束力により一審原告に効力が及ぶとされるものであることを考慮し、かつ、労働基準法二〇条が、使用者が労働者を解雇しようとする場合に三〇日以上の予告期間を置くべきことを定めていることの趣旨等を考慮すると」と述べている(第一四丁裏乃至第一五丁表)。

(二) しかし、次の通り、右判示には、判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則ないし採証法則の適用の誤りまたは審理不尽、理由不備の違法がある。

(三) まず、原判決は、五七歳定年制の被上告人への遡及適用を否定する理由として、被上告人が昭和五八年四月一日以降七月一一日までの間、上告人会社北九州支店に社員として勤務し、業務に従事していたことを掲げている。しかし、上告人会社では、社員が定年退職して特別社員となっても、その従業員の職務内容は退職前と全く変更がないのであり、現に被上告人の場合も、昭和五八年三月三一日以前と同年四月一日以降とで職務内容に何等変更がなかっただけではなく、同年七月一一日までと同月一二日以降とでも職務内容には全く変更がなかったのである。したがって、仮に社員の職務が特別社員の職務に比較して複雑あるいは困難なものであるならば、昭和五八年四月一日以降同年七月一一日まで、すでに社員として勤務した被上告人を同年四月一日に遡って賃金の低い特別社員として取り扱うことは、合理性を欠くかもしれないが、上告人会社では、嘱託社員と社員とで職務内容に差がないのであるから、右のような不合理はないのである。原判決は、被上告人の具体的な職務内容を捨象し、単に社員なのか特別社員なのかという形式的な点だけに着目して右遡及適用を否定している点で、審理不尽の違法がある。

次に、原判決は、被上告人の同意なしに同人に本件五七歳定年制の効力が及ぶ点に着目して、被上告人への五七歳定年制の適用を、あたかも解雇に類するものとして捉えているようである。そして、本件五七歳定年制を昭和五八年四月一日に遡って被上告人に適用することは、労働基準法第二〇条が解雇予告を要求している趣旨等からして、許容されないとしている。

(四) ところで、労働基準法第二〇条が解雇予告を要求した趣旨は、労働者が突然の解雇から被る生活の困窮を緩和することにある(労働省労働基準局編著「全訂改版労働基準法上」二四九頁)。

(五) しかし、「一審被告会社は、九州営業本部の佐々木本部長が昭和五八年四月四日一審原告に面談し、定年制に関する訴外組合との交渉が妥結する見込みであると説明し、人事部長が同月一八日付けで、労使交渉が詰めの段階にあるが、最終合意となれば、一審原告の四月分給与は特別社員としての給与となる旨記載した『四月分給与について』と題する書面を送付した」こと、及び、上告人会社が被上告人に対して、昭和五八年五月一〇日、定年の改定及び統一並びに退職手当規定改定にかかわる解決のための代償金一二万円の銀行振込をしたこと(但し、被上告人はその受領を拒否した)は、原判決が、第一五丁表・裏で認定している通りである。

(六) さらに、被上告人は、同人が定年退職となった翌日である昭和五八年四月一日の特別社員雇用日から昭和六二年一二月一〇日右特別社員雇用期間の終期まで、上告人会社に特別社員として雇用され従来の月例給与の約六〇パーセントの支払を受けていたこと、及び、上告人会社が昭和五八年五月一一日に退職金一八二一万円の支払通知をし、現に右退職金の提供をしたことは、当事者間に争いがない。

(七) 要するに、本件では、昭和五八年七月一一日に定年を五七歳とする旨の労働協約が締結され、それが、同年四月一日に遡って効力を生じたのであるが、上告人会社は、そのような遡及効が生じることを同年四月初めから上告人に予告していたのであり、しかも、被上告人は、定年退職となった翌日からは特別社員として上告人会社に雇用されて従前の月例給与の約六〇パーセントを保障され、同年五月一〇日には右代償金一二万円の振込を受け、被上告人はさらに五八年五月一一日には、退職金一八二一万円の支払通知を受け、これの提供を受けているのであり、被上告人には、労働者が突然の解雇から被る生活の困窮に類するような不測の窮状は全く生じていないのである。

それにもかかわらず、労働基準法第二〇条の趣旨、すなわち、労働者が突然の解雇から被る生活の困窮の緩和を理由に、五七歳定年制の被上告人への遡及適用を否定した原判決には、審理不尽、理由不備の違法があると言わざるを得ない。

(八) 因みに、本件協約に遡及効を与えたのは、昭和五八年四月時点で労使の基本的合意ができていたこと、四月時が上告人会社の年度始めであり、改定制度を実施するに最もふさわしい時期である点を労使が合意したものであり、それ自体何ら非合理なものではなかった(原審第五回松下哲証人質問番号三二九・三三〇、同第七回村上弘証人質問番号一八九)が、この点も原判決は何ら顧慮しておらず、審理不尽による理由不備がある。

(九) なお、第一審判決は「原告を含む非組合員が訴外組合にその労働条件等を決定する権限を与えていたと認めるべき証拠はなく、本件労働協約に至るまでの間、被告会社と訴外組合との労働協約等による労働条件が非組合員を含む全従業員に適用されてきたのは、偶々労働条件が不利益に変更されたことがなく、非組合員である従業員において、敢えてこの適用を拒む理由がなかったため、問題とならなかっただけとみる余地がある」と断じるが(第九三丁表・裏)、本件定年・退職金改定時において、上告人会社と組合間には右判示と異なる労働協約が存在し、それに沿った長年の運用がなされ、また上告人会社も組合も、さらには被上告人を含む鉄保グループもその点を明らかに認めている事実(乙第一四八号証、同第一四九号証の一・二、原審第六回石堂正彦証人質問番号三四〇)が存し、また、右労働協約上の文言上も不利益、利益を全く問題にしていないにも拘らず、原判決は何ら格別の理由を示さず右判示に立ち至っており、したがってこの点も審理不尽・理由不備の違法がある。

第三 退職金制度改定について

一 本件労働協約及び本件就業規則の退職金規定の被上告人への適用について

(一) 原判決は、「一審被告会社(上告人会社)においては、本件労働協約が締結され、本件就業規則が制定された昭和五八年七月当時において、昭和四六年一〇月一日改訂の退職金規定に従い、かつ、退職金算定の基準となる本俸を昭和五三年度のそれに凍結するとの労使間合意に基づいて算定された金額を上回るような金額の退職金を支払うことは極力抑制すべき必要性があったことは肯認することができるのであるが、他方、右のようにして算定された金額を更に下回る退職金額としなければならないような必要性を肯認するに足りる事実関係を見いだすことはできない」と判示している(第一九丁裏乃至第二〇丁表)。

(二) しかし、次の通り、右判示には、判決に影響を及ぼすこと明らかな審理不尽、理由不備の違法がある。

(三) 右判示は「右のようにして算定された金額を更に下回る退職金額としなければならないような必要性を肯認するに足りる事実関係を見出すことはできない」とするが、この点は本件定年・退職金協定成立に至るまでの労使協議の中で上告人会社が度重ね説明し、組合もこれに理解を示していた。例えば、第一審判決第七三丁裏乃至第七四丁表には「退職金の基礎となる賃金については、昭和五四年度以降の賃上げ額が退職金にはね返らないという、変則的条件を労使合意しているが、いつまでも昭和五三年度本俸凍結というような変則的措置を続けるならば様々な歪みが出て来ることは明らかであ」る旨の上告人会社の理由が示され、右様々な歪みの具体例については、例えば、乙第三三号証の一八「昭和五七年一一月二九日付労使問題速報」に明らかにされており、当時被上告人の手許にも渡っていた。

(四) また、右判示は、「昭和四六年一〇月一日改訂の退職金規定に従い、かつ、退職金算定の基準となる本俸を昭和五三年度のそれに凍結するとの労使間合意に基づいて算定された金額」(以下「判示基準額」という)を基準として、被上告人に支払う退職金が、これを下回ってはならないとしている。

しかし、昭和四六年の退職金改定は、本俸の賃上げ率が各年六パーセント程度であることを前提としていたものであったこと(このことについては、組合も同意見であった)、昭和四六年の賃金を一〇〇とした場合、昭和五二年の賃金は234.4であったが、各年六パーセントの上昇であれば同五二年の賃金が141.9であるべきであったことは、原判決も認定している通りであり(第一八丁表・裏。なお、昭和五三年の賃金は同五二年のそれと同額である〔第一審判決第二四丁表参照〕)、したがって、判示基準額は、昭和四六年の退職金改定当時に労使双方が予定していた金額よりも、六割以上も高額であったのである。しかも、被上告人が、昭和四三年の退職金規程の改定において、鉄道保険部勤務時代に比し約三五パーセントの増額の利益を得たこと、昭和四六年の退職金規程の改定において退職金支給率が引き上げられ、これと賃金上昇とが相俟って、鉄保プロパー社員である被上告人の待遇が、退職金の面でも上告人会社プロパー社員と同一のレベルまで引き上げられたことは、原判決が認定した通りである(第一審判決第一〇四丁表乃至第一〇六丁裏)。要するに、判示基準額は、上告人会社と鉄道保険部との合体という被上告人にとって全く偶然の事実によって、たまたま被上告人に適用の余地が生じたものであり、しかも、かつての労使の予想額をはるかに上回るものなのである。

したがって、判示基準額のこのような由来を全く無視し、これを絶対的な基準のごとく看做して、これを更に下回る退職金額としなければならないような必要性を肯認するに足りる事実関係を見いだすことはできないとする右判示には、審理不尽、理由不備の違法があると言わざるを得ない。

二 合理性について

(一) 原判決は、「本件労働協約及び本件就業規則は、一審原告に対する退職金額を、昭和四六年一〇月一日改訂の旧退職金規定に基づく退職金額である前記金二〇〇七万八八〇〇円を下回る金額に切り下げる部分に関する限り、これを一審原告に適用することを不当とすべき特段の事情があり、また、当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を欠くものというべきである」(第二〇丁表・裏)と判示するが、右は、合理性判断に関する最高裁判所判例である同裁判所昭和六三年二月一六日民集四二巻二号六〇頁(大曲市農協事件)に反する違法なものである。

(二) すなわち、右判例は「本件合併後、被上告人らは、旧花館農協在職中に比べて、休日・休暇、諸手当、旅費等の面において有利な取扱いを受けるようになり、定年は男子が一年間、女子が三年間延長されているのであって、これらの措置は、退職金の支給倍率の低減に対する直接の見返りないし代償としてとらえたものではないとしても、同じく本件合併に伴う格差是正措置の一環として、新規程への変更と共通の基盤を有するものであるから、新規程への変更に合理性があるか否かの判断に当たって考慮することのできる事情である。」として、例えば、労働条件が異なる企業間の合併等において、合併前企業のそれに比し、当該労働条件が不利益に変更され、他の労働条件において有利に変更されたような場合、それが右不利益変更に対する直接の見返りないし代償ではないとしても、右有利変更部分は、右不利益性を減殺し、当該不利益変更部分の合理性の判断資料として積極的に考慮されるべきこと、右有利・不利及び合理性の存否・程度を判断する事情については、「合併に伴う格差是正措置の一環として、新規程への変更と共通の基盤を有するものである」限り考慮できる旨説示する。

(三) これを本件についてみるに、本件退職金改定は、本件定年制改定とともに、上告人会社従業員と鉄道保険部職員との各種の異なる労働条件を一本化・統一化して行う過程でなされたものであり、昭和四〇年の「合体」に伴う格差是正措置の一環として共通の基盤を有していたことは明らかである。

(四) しかし、原判決は、本件退職金改定について「本件労働協約が労組法一七条の規定により一審原告に適用される旨の主張及び一審原告は本件就業規則の適用を受けるとの主張について検討するに、本件労働協約の締結及び本件就業規則の制定に至る経過として、同じく原判決六四枚目表一二行目から八九枚目表初行までに記載の各事実が認められるほか、前記乙第二号証、村上証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第二七号証の一、二によれば、次の事実が認められる」(第一七丁裏乃至第一八丁表)として、認定事実を引用又は判示するが、右はいずれも上告人会社と鉄道保険部の「合体」後である昭和四〇年一〇月乃至本件退職金改定時である昭和五八年七月の間の事情にとどまり、右最高裁の先例にいう合併前企業「在職中」の事情、つまり、「合体」前の事情、就中、判断の前提事実である鉄道保険部時代の退職金制度、被上告人の当時の退職金の具体的内容を何ら考慮せずして判断するという明らかな論理法則、経験則違背を有しており、さらに「合体」当時の事情についても一切顧慮せずして漫然本件退職金改定のうち右「下回る退職金額」「下回る金額に切り下げる部分」についての不利益性・非合理性なるものの判示に及んでいる。

(五) すなわち、原判決は、被上告人が鉄道保険部の退職金制度(それ自体法的に無効であったこと、は定年制度の場合と同じである)の適用対象者であったこと、「合体」時に上告人会社に採用されたこと、退職金制度だけに限っても「中味のない袋」の如き制度から順次そうでない制度の適用を受けるに至ったこと、退職金算出基礎である勤続年数の上で、鉄道保険部時代の一四年間余の勤続年数通算の利益を受けたこと(この点に関しても、原判決は、上告人会社と鉄保支部あるいは被上告人との間においては固より、上告人と組合の間においてすら書面、協定化あるいは明確な約定を何ら認定しておらず審理不尽による理由不備が明らかである)、上告人会社入社時の昇給等、「合体」なかりせば被上告人が入手しえなかった著しい利益(しかも上告人会社プロパー社員には全く与えられなかったものである)、及びその後逐年の昇給等によって退職金算出基礎である「本俸月額」の計算上も、被上告人退職時である昭和五七年までの昇給分を加えた金額で算出されたこれまた「合体」なかりせば被上告人が入手しえなかったであろう著しい利益に基づく退職金額を現に受領した事実を看過している。

(六) 右判決の右判断は最高裁の右先例と明らかに抵触し、審理不尽、重大な事実誤認・理由齟齬を伴い、本件退職金制度のうち右「下回る金額」についての不利益性の存否及び合理性判断を直ちに左右すべきものであり、判決に影響を及ぼす違法がある。

(七) なお第一審判決は「本件労働協約の定める労働条件(定年制)は、鉄道保険部出身の原告にとって、定年の改定、統一に関する経過措置を考慮しても、雇用期間及び給与総額の面で従前よりも不利益と考えられる」旨判示するが(第九五丁裏)、右は、「第二」に述べたことから失当であるだけでなく、なお、鉄道保険部出身の被上告人にとって、「合体」を契機に行われた退職金の改定・統一に関する経緯の中で、右に述べた被上告人の享受した著しい経済的利益があるにも拘らず、これを一切慮外とするもので、これまた審理不尽、重大な経験則違背が存する違法なものと断ぜざるを得ない。

第四 結論

原判決は、本件定年・退職金改定の一部が被上告人にとって不利益且つ合理性を有しないとするが、上告人会社はこれには到底承服できず、よって、直ちに破棄されるべきと思料する。

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